2014/10/03(金)ポリープ

 今年はいつもよりちょっと遅れたが、10/2に胃カメラ、大腸カメラの検査を行うことにしていた。先週の終わり、私が所属するとある団体の会長から役員会をしたいと連絡があった。その日が10/2。そしてホークス−バファローズはいつあるのだろうと確認したらこれも10/2。なんか日程が3つも重なったがまあ良いだろうとそんなに考えなかった。
 妻はお通じがあまり良い方ではないので2日前から準備していた。わたしはかなり良いほうなので病院からの指示通り前日から準備していた。前日は食べては行けないものを避けなければならない。10/1の朝は抜いて、昼は私の所属するとある団体の例会で昼食が出た、豚肉のローストのようで旨そうだった、がそれをキャンセルして家でうどんを食べた。そして夜もうどん。市販の袋うどんを10分近くにて柔らかくして食べた。これが意外と旨い。袋うどんは中途半端に茹でるよりしっかり茹でたほうが旨い。そしてもちろん禁酒。21:30ごろに下剤を飲んだ。そのとき妻と「明日、検査が終わったら何を食べよう?」と話をしていた。妻はピザが食べたいと言い、私はトルコライスが食べたいと話をしていた。ピザとトルコライスだったら両方供するところもあるだろうからそこに行こうと言うことになった。
 10/2の朝、6:30に出発して長崎に向かう。色々な事情があり長崎市内の病院で検査している。その日の朝はもちろん絶食。予定より15分ほど遅れて病院着。9:00から検査準備を開始。下剤等が入った液体を1ℓ、10分間隔でコップ1杯ずつ飲む。妻は「今年こそあんたより先に検査室にはいる」と宣言していた。3杯目くらいで最初の便意。トイレに行って排便する。既に固形物はほとんど見られず液体状態。その後すべて飲み終わった後で2回目の便意。2回目からナースを呼ぶようになっているが呼んでもどうせだめなので3回目から呼ぶことにする。しばらく便意がなかったのだが15分位して3回目の便意。ナースを呼んで確認してもらう。しかしナースも大変である。人の排便を見なければならない。「もう少しですね」と言われ控室に戻る。それからしばらくするとまた便意が。排便後再度ナースを呼ぶ。「もういいみたいですね。それでは検査しますのでしばらくお部屋でお待ちください」と言われ部屋に戻った。そのとき嫁が「まさかOKって?」と聞くので「もういいって」と答えると悔しがっていた。検査が始まるまで2〜3回便意が来た。
 呼ばれて検査室に入った。そして着替えるように言われ、後部に大きく穴が空いたパンツと病衣に着替えた。そしてベッドに横になる。私は胃カメラを口から入れることができない。えずきがひどいのだ。よって鼻から入れる。まず仰向けに寝て左の鼻の穴に薬を入れる。鼻の奥から舌の上に落ちる。苦い。「飲み込まないように」と言われるが飲み込みそうになってしまう。次に別の薬を入れる。これも苦い。今度は左を下にして横向きになれと言う。言われる通りにすると「お尻に注射をしますね」と言われた。パンツを半分くらい下ろされた。消毒の後「じゃ針を刺しますね」と言われた。針を刺す瞬間くらいにお尻にキュッと力が入る。そうなるだろうなぁと予想していたのだが、まったくその通りだったので笑ってしまった。
 まず胃カメラ。これは割とすんなり終わる。次に大腸カメラ。これが痛いし、おなかは張るし。で、医者が「ここにポリープがあるので切りましょうね」と言われたので「はい」と答えた。大腸カメラが終わった後、しばらく休んで説明を受ける。後から確認してわかったことだが去年とほぼ同じ位置にポリープがあった。ポリープを切除した際の注意事項の紙をもらって説明を受けた。今日は昼は絶食。夜は水分だけ。そして安静に。翌日も消化の良いもののみ。アルコールは4日禁止。嫁もポリープを取っていたので二人して空腹を我慢しながら1時間半の道程の帰路についた。
 安静と言うことだったので会長に電話して、役員会に行くことができないことを伝えた。晩御飯には帰途に購入したトマトジュースと水と中華スープの素でスープを作りそれを啜った。テレビではホークス−バファローズの試合をやっている。ホークスが勝てば優勝が決まる試合だ。それをアルコール無しで見ている。本当はホークスファンのオヤジがいる焼鳥屋に行きたかったのだが、当然行けない。もし行っていたら4時間半以上居すわり続けることになったけど。最初はスープを啜りながら見ていた。最後はお茶を片手に見ていた。でもアルコールが入っていたら7回で追いつかれた時にチャンネルを替えていたように思う。逆によかったのかもしれない。しかし最後の松田選手のサヨナラ安打は素晴らしかった。その後その場面が何度も流れていたがよく見ると1塁の鳥越コーチが1塁を指さし「踏み忘れるなよ」と示していたのが面白かった。そして試合後のオリックス森脇監督がベンチにいた選手を促し、レフトスタンドに挨拶していたのはなんかよかった。
 検査が終わってから寝るまで、始終腹がぐうぐう鳴っていた。これには閉口した。そして液体を飲んですぐに液体を出したためか脱水な感じがしている。

2014/10/03(金)浦項

 私の所属する団体の島原支部は韓国の浦項中央支部と友好関係にある。毎年6月にその浦項中央支部の例会に出席するために島原支部から出席している。今年、私を含んだ8人で行った。
 浦項は釜山まで行きそこから先方の用意した車に乗って海岸沿いを北に1時間半ほど走る。島原から車をチャーターし福岡空港まで行った。そこで待ち合わせの人と合流し、ビールを飲む。このビールが旨い。時間になり飛行機に乗る。30分ちょいで釜山に着いた。そこからガイド、運転手と合流し昼食に行く。
 昼食後浦項に向かった。着いてホテルにチェックインから1時間後にロビーで待ち合わせ。その間ホテルの周りを散歩する。海岸端のなかなかロケーションの良いホテルだ。周りには飲食店が多い。ホテルに帰ってくると浦項の支部員が迎えに来てくれていた。挨拶をかわす。実はお互いに言葉は通じない。ジェスチャーとスマホで会話した。
 例会場に着いた。結婚式場の様なところ。指定された席に座ると、4月に島原に来てくれた浦項の支部員が挨拶に来てくれた。その中の一人は私のことをなぜだか「兄」と呼んでくれる。島原に来てくれたとき、その「弟」が「6月の浦項の例会には来るのか?」と聞くので「行く」と答えると、隣に座っていた別の浦項支部員が「彼はマッコリとカンジャンケジャンが好きだと言っていた」と話すと「弟」が「わかった。じゃ、送る」と言っていたので楽しみに待っていたが来なかった。すると例会場に発泡スチロールの箱を2つ持ってきていた。何かを聞くとマッコリとカンジャンケジャンだと言う。送ろうと思ったけど送れなかったので持ってきた、とのこと。いいやつ。マッコリは本当に旨いからすぐ飲めと言う。開けると中の液体が勢いよく飛び散った。私はベショベショになってしまった。すると「弟」は笑いながら「このマッコリはスパークルマッコリと言って炭酸がとてもきついんだ。静かにゆっくりと開けないと」はよ言え。カンジャンケジャンはみんなで食べようと言って蓋を開けようとしたら「それは持って帰れ」と言われた。
 例会が終わり食事の時間になった。その会場でのバイキング形式の食事だ。そこでいろいろ飲ませてもらっていると、「弟」が「明日の朝御飯はどうするか?」と聞くので「もちろん行くよ」と答えたら、じゃ連れて行くと行ってくれた。台湾もそうだが韓国も朝御飯の店が充実している。その後二次会から三次会と続いた。三次会が1時くらいに終わっただろうか。
 翌朝、電話が鳴った。取ると韓国語で何か言っている。「弟」が迎えに来たのだった。朝の7時。ワールドカップの日本−スイスが行われていた。降りて、車に乗り込む。最初に連れて行かれたところはスンデと言うソーセージの様な腸詰めをクッパにしたものだった。まあ旨かったが、しばらく食べると「出よう。もっとおいしいところに行こう」と言うことで近くにある魚市場に連れて行かれた。友達がいるようでその友達と何か喋っている。そして手招きされ階段で二階にあがった。そこには市場の食堂がありここで食べようと言う。出てきたものが蛸のキムチ炒め。これがなかなか旨い。そこで「弟」のもう一人の友達を呼び、3人の韓国人と1人の日本人で盛り上がった。しかしお互いに言葉は通じない。
 それから釜山に移動し、二泊して福岡へ飛んだ。もういいかな、と思うが来年6月にまた行かなければならない。

2014/10/03(金)ソウル

 去年の11月にソウルに行った。私の所属する団体で懇意にしていただいている方たちからのリクエストだ。去年の6月に初めて一緒に韓国に行った。8月に一人でプサンに行った。それがうらやましかったらしく、おれたちも連れて行けとなった。それが去年の11月。その後また行きたいと言うのでまた一緒に行った。それが今年6月。おじさん達と年2回韓国に行っている。はぁ…。また、今回の韓国行きは2月と6月のプサンに続き3回目だ。ただ、ソウルは久しぶり。20歳の時に行った以来だから25年ぶりだ。プサンだと一度福岡まで出なければならない。ここから福岡まで3時間。ちょっと遠い。ソウルだと大村から出る。大村まで1時間半。飛行機代も安い。福岡−プサンだと28,000円だが長崎−ソウルは15,000円。約半額。飛行時間は1時間半。東京に行くよりも安い。
 長崎空港について、まずはビールで乾杯。その後セキュリティを通って出国手続きをし、ゲート前に到着。そこにはこじんまりした免税店があった。今回乗る航空会社はジンエアーと言う大韓航空系の737。座席は狭い。エアプサンよりも狭い。驚いたのがCA。なんとポロシャツにジーンズ、キャップ。私は嫌いではなかったが、同行したおじさん達は文句を言っていた。いわゆるスッチースタイルじゃないと飛行機に乗った気がしないようだ。
 仁川空港について飛行機を降りると、空港内鉄道がある。それに乗り入国のところまで行く。荷物を預けた人はどこに届くのかわからず、あたふたしていた。結局入国の先にあった。
 プサンだと飛行機や宿は自分たちで手配して行き空港からはバスで移動するのだが、ソウルは初めてだったので、知り合いの旅行会社に宿と空港送迎をお願いした。ゲートを出るとガイドのお姉さんが迎えに来ていた。日本語は全く問題ない。到着したのが昼過ぎだったので昼食場所の確保をお願いした。着いたところは、お土産センター。そこの2階で食事をした。各人好きなものを頼み食した。飲み物はビールとマッコルリ。そこで呑んだマッコルリが旨くない。まったくおいしくない。日本で飲むのと同じ殺菌したもののようだった。
 初日の晩御飯は焼肉に行った。まあまあ。でも韓国の豚焼肉は旨い。次の日の朝、ホテルの近所のいわゆる韓定食屋に行った。旨い。それから戦争記念館に行った。日本人が見れば腹の立つことが書いてあるらしいが、ハングルが読めないので気にならない。建物の外には飛行機が展示してあった。B52があったがこれがまたでかい。
 その日の昼はタッカンマリ。タkが鶏、ハンマリが一羽と言う意味らしい。テレビの韓国語講座で紹介されていて旨そうだったので、リクエストした。旨かった。夜は違う店で焼肉を食べた。
 3日目の朝は2日目の朝と同じ店に行き、定食とイシガニのカンジャンケジャンを食べた。これが旨かった。これからどこに行くかと言うことで、北朝鮮との国境に行こうと言うことになった。ガイドが言うには板門店は遠いし、許可が必要なので無理とのこと。鼇頭山統一展望台に行くことになった。漢江沿いに北上し1時間程度。目的地についた。展望台の上では簡単な映画をしていた。その後、展望台から見てみる。目の前に広い川がありその向こうに北朝鮮が見える。川は漢河と 臨津江の合流地点らしい。遠くてさすがに人影まではわからなかったが、いわゆる張りぼての建物は肉眼でも見えた。イメージによるものだとは思うがなんだか荒涼とした風景だった。近くで昼食にピビンバを食べた。これはあまり旨くなかった。
 感想としてソウルは広すぎる。釜山の方が広さ的にはちょうどいいような感じがした。

2014/5/16(金)

 ちょっと前にテレビで養殖の鯛のことをやっていた。そのとき漬けを食べていたのだが、それが実に旨そうだった。翌日鯛の刺身を買い、早速漬けにした。煮きった酒と薄口醤油を等量入れてそれにすりゴマを加えて液を作る。それに鯛の刺身を入れ1時間ほど冷蔵庫に置く。それでご飯を食べた嫁が「これは旨い。また作って」とのこと。すると次の日にたまたま小さい鯛を4匹スタッフからもらった。そのうち2匹を塩焼き、残りの2匹を漬けにした。今回は尾頭付きでもらったので頭と骨がある。それを炊いて出汁を取った。半分は澄まし汁に、残りの半分は鯛茶漬け用の出汁にした。これは旨かったなぁ。また、作ろう。

2014/5/16(金)固定資産税

 以前、住んでいたところの近くに場所を借りて車庫を建てていた。建てた翌年、固定資産税の課税を受けた。確認の電話をその自治体の税務課にすると、三方を壁に囲まれていたら建物となり課税対象になるとのこと。車庫程度の建物では課税されないと思っていたのでそのときは驚いた。当然支払いはした。3年ほど前に違う自治体に引っ越した。車庫はしばらくそのままだったのだが、2年前に移転した。去年、税金の請求があったのでそんなもんかなと思い、支払った。今年もまた税金の請求書が来た。これはおかしいと思い、その自治体の税務課に電話した。「2年前に移転したのだが、今年も請求されるのはおかしいのではないか?」と聞くと、「滅失届が出ていない」とのこと。建物を解体(こちらでは”解く”と言う)したときは滅失届と言うものを出さなければならないとのこと。知らなかった。知らなかったとは言えこれは出していない私が悪い。「じゃ、滅失届をすぐに出せば良いのか?」と聞くと「どちらにしろ既に課税されているから、今年の分は支払いをしていただく」と言われた。それはおかしい。既に建物が無くなってから2年経っている。無い建物に課税されたものは支払う必要は無いはずだ。それを伝えると「それでも払ってほしい、そういうもんだ」とのこと。「絶対にそれはおかしい。私は払わない」と言うと「調べてから再度電話する」と返事があった。しばらくすると上司と思われる人から電話があった。その人が言うには「確かに支払う必要は無い。それと2年前に移転したと言うのであれば、その証拠があれば去年の分も返金する」とのこと。最初の職員とのやりとりで支払う人もいるのではないだろうか。そういうもんだ、と公務員に言われたら従う人もいるだろう。ちょっとひどいなぁ。

2014/4/26(土)会長

 今、私は島原地区自衛消防隊連絡協議会の会長をしている。そして今年から島原地区グループホーム連絡協議会の会長を引き受けることになった。また、3年後私が所属する団体の会長も予定されている。私もそんな年齢になったのだな、と思うが、会長を私にさせようとする者の意図、意志、了見がわからない。良く私にお願いする気になったものだと思う。頼み安いのか?

2014/4/22(火)税務調査

 12月の10、11日に税務調査があった。11月の頭にいつもお願いしている税理士事務所から電話があり、「今税務署から電話があった。11月の20、21、22日で税務調査をしたいと言っている」とのことだった。そろそろ税務調査があるかもと言われていたのでそんなに驚きはしなかったが、「じゃ21日の木曜日でお願いします」と返事をしたら「いや20〜22日の三日間です」なんと!。「わかりました」と返事するしかない。
 一週間ほどして税理士事務所から電話があった。「税務署の都合で日程が変わった。12月になる。細かい日程が決まったらまた電話する」とのこと。おいおい。平日に三日間予定するって大変なんやぞ、と言いたいがそこはぐっと我慢。
 12月、日程が決まり税務署が来た。一人。相手がいきなり平身低頭の挨拶。「お忙しいところ申し訳ありません。今日はよろしくお願いします」低姿勢をアピールしているのか。部屋に通して挨拶がてら会話をする。にこやかに色々としゃべってくる。とっつきやすさをアピールしているのか。しかし目は笑っていない。
 調査業務が始まる。しゃべりを続けながら帳簿や台帳を繰っている。繰りながら、ときたま首を傾げ付箋紙を貼る。それを何度か繰り返す。そのたびにドキドキする。別に後ろめたいことがあるわけではないが、ドキドキする。警察や税務署と言うのは、なんにも悪いことはしていないが怖いものだ。その後、色々質問される。当然すぐに答えられないものもあり、焦ってしまう。それが税務署に良い印象を与えないのではと思うとさらに焦る。これが結局は2日で終わった。税務署も別の用があると言うことで日程が短縮された。しかしこの2日間は疲れた。ひどく疲れた。うちでは夜勤職員に夜勤手当を支払っており、そのうち4,000円を非課税としていた。このことは源泉徴収の手引きと言う本がありそこに4,000円は非課税と書いてある。が、これは非課税の要件に当たらないとして指摘された。源泉徴収の手引きには次に該当する者は非課税に該当しない、とありその要件に当てはまらない人っているのかな、と思うような内容だった。結局それが税務署の言葉で言う「更正決定をすべき」ものとされた。総額50万円強。一時立替とは言え、結構大きな出費である。われわれの様な商売はこういうのですむが、飲食店なんかの現金商売はいきなり来るようで、仕入れから帰って来たら店の扉の前にスーツを着た人が数人立っていて、顔を見るなり「税務署です。税務調査に来ました」と言われたそうだ。そこから帳簿を見たり現金を確認したり、となるらしい。大変だ。

2014/4/19(土)今日の昼飯

 この前、スーパーに行ったら豚挽き肉が安かったので1パック購入した。半分を麻婆豆腐にして、残りを汁無し坦々麺にすることにした。スーパーで太めの中華麺を買ってきた。私の汁無し坦々麺は自己流であるが、旨い。今日は、豚挽き肉、ショウガを炒め、豆板醤、テンメンジャン、練りごま、中華スープ、山椒で味をつける。今日も作ったが、旨い。旨すぎる。今夜は、麻婆豆腐にするか。

2014/4/18(金)東京

 妻が明日から2泊3日で東京に行く。ちょっと前までは「一緒に行こう」と誘ってくれていたのだが、最近は言葉がかからない。大学時代のOB・OG会が4年くらい前にあり、そこで久しぶりに会った先輩(念のため女性)との会話が楽しかったらしくそれから用事で行くたびにその先輩や友達と会って遊ぶようになった。「俺も行こうかな」と言うと「あなた、行って何するの?夜呑んで昼行くところなくてうだうだしてるだけでしょ。それに付いてこられるとめんどくさい。東京に行かんと韓国に行っておいで」とのことである。結婚して10年近く経つとひどいもんだ。確かに、居住地外で私は昼一人ですることがあまりない。いつもぶらぶらしているか、鉄道を乗りに行くくらいである。でも久しぶりに東京に行ってみたい。でも、一人では行けない。おこちゃまだ。
 東京には3、4年行っていないだろうか。最近は韓国ばっかりである。韓国は嫌いではない。反日の報道が良くされているが、行くと街中(一般人)はそうでもない。そんなに不快な目にあったこともない。ま、何を言われてもよくわからないが。韓国はこの2年で釜山に5度、ソウルに1度行った。ソウルよりも釜山の方が良い印象だ。ソウルはちょっと広すぎる感じがする。韓国は飯が旨いと思う。ミルミョン、カルグクス、朝定食、豚の焼肉、タッカンマリ、チジミ。カンジャンケジャンでは無いと思うが、イシガニの醤油漬けも食べた。これが旨い。で、また私の所属する団体の行事で6月に行く。3泊4日。また、食べて呑んでの日だ。

2014/3/13(木)横浜と大阪の旨い店

 横浜の天王町と言うところにあった、会社勤務のころ東京出張の度に行っていた店が閉店した。その店の最初は、横浜にあった得意先で常務をされていた方に連れて行ってもらった。旨かった。福岡とは違う種類なのを感じた。福岡では青魚はそのままで食べることが多いが、関東は〆て食べることが多い。なので、同じ〆た魚でも遥かに関東のほうが旨いように思う。私は絶対に酢の物などは注文しないが、その店の酢の物、魚と野菜が入っている、はメチャメチャ旨かった。行くと刺身、貝柱のかき揚げなどをいただき最後に穴子の寿司を食べた。これが旨かった。また、大将も面白いくサービスの良い人だった。「隣が鮑を食べるけど、肝をいらないって言うから食べる?」と言って出してくれたり、ヒラメが出たと言って骨に付いてる身の部分を塩焼きにして出してくれたりした。これがまた旨かった。一度、一人で行ったことがある。鮑があったので鮑を出してもらい、当然肝も、日本酒を飲んで楽しくおいしく過ごした。ちょっと高かったが。それから妻も連れて行った。そのときお互いが友人を呼んだのだが、その友人同士が今は仲良くやっている。両親も連れて行ったなあ。最後に行ったのはいつだろう。もうだいぶ前だ。そのときに「もう辞めようかな、と思っている」と大将が言っていた。最後に一度行きたかった。
 大阪江坂にあった、ハワイアンパブも最近閉店した。この前、行ったら同じハワイアンだったが店名が変わっていた。そのハワイアンパブは当時の先輩に連れて行っていただいたのだが、そこのマスターが英語を喋れると言うので、英会話教室の外国人講師が良く来ていた。その外国人と仲良くなることができた。彼らはほとんど日本語を喋らない。なので英語で話しかける。結構会話ができる。そのとき英語は度胸があれば喋れるようになると思った。その店にブリトニースピアーズみたいなめっちゃかわいい女の子が来た。その店は初めてなようで、マスターが私の横に座るように彼女に言った。話を聞いてみると、「ハワイから修学旅行みたいなので来た。一緒に来た友人が日系で広島に行っている。帰って来たらここで落ち合うようにしている。もうすぐ来ると思う」とのことだった。あまりにもかわいかったので、男はどれほどのイケメンやろかと待っていたら、これまた貧相な男で一同皆ずっこけていた。このとき私は同僚と一緒だったのだが、ブリトニー似の彼女と話すのを見てうらやましく思ったらしい。それからすぐに英会話教室に通うようになった。
 この店で出すロコモコは絶品だった。初めてグレイビーソースと言うもの食べたがあんなに旨いのは無いのではないか。ただ、別の店で食べた後に行くのでほとんど食べる機会がなかった。マスターはハーフでめっちゃ男前。ママも面白い人だった。いい店だった。つい先程マスターから電話をいただいた。今、高知県に住んでいることとママが先月亡くなったことを聞いた。元気はママだったのに。合掌。

2014/3/11(火)大阪

 先日、大阪に行ってきた。何年ぶりだろう。妻が大阪に学会で行くからついてくるか?と聞いてきたので、同行することにした。その前の東京にはついてくるなと言っていたのだが、大阪は同行を許可された。せっかくなので金曜日から行ったら?と妻から言われた。私が大阪に住んでいたころによく行っていた飲み屋なんかは土日は休みだ。じゃ、ここは言葉に甘えてと思ったが、土曜日にすることが無いので土曜日、一緒に行くことにした。一人になると私は時間を有効に使えない。敢えてするとすれば、楽器屋に行くか鉄道に乗ることくらい。東京に行ったとき、妻が学会に行っている間、東急世田谷線に乗りに行った。熊本では妻が買い物をしている間に熊本電気鉄道に乗りに行った。熊本電気鉄道はいわゆる電車(路面電車ではない形状)が道路に敷かれた軌道上を走るので乗りに行った。しかし両方ともそんなに長距離ではないのですぐに終わってしまう。熊本電気鉄道は本数も少ないので、終着駅で降りてぐるっと回り来た電車に乗ってそのまま帰った。所要時間1時間ちょっと。そんなもんである。
 土曜日の朝のフェリーで熊本に渡り、熊本駅近くの駐車場に停めた。が、満車だったので嫁を車に残して切符を買いに行った。12:28発の新大阪行きのさくら556号に乗ることにした。切符を買い終わったころ妻から電話があり、無事に停められたとのこと。熊本駅の中で熊本ラーメンを食べる。旨い。店を出ると少し時間があるので土産物屋を見て回った。大阪で友人に会うことになっているので島原でチェリー豆とカステラを既に買っていた。ぶらついていると、からし蓮根屋があり、旨そうなのでつまみようと土産用を買った。コンビニでカップの焼酎、もちろん米、を購入し新幹線に乗った。
 新幹線は博多で乗員がJR九州からJR西日本に交替する。車内販売もがらっと変わる。広島あたりで車内販売が回ってきた。ちょっとすっきりしたものが欲しかったのでビールを買った。すると販売員のお姉さんが「からし蓮根、おいしそうですね」と言った。話を聞くと今は大阪に住んでいるが元は熊本出身で、島原にも住んでいたことがあるとのこと。どこそこのからし蓮根が辛くて旨いと教えてくれた。からし蓮根はやはり辛くないとおいしくない。そして新大阪近くになってなんとその店の情報を書いたメモを持ってきてくれた。ありがたい。いい人だ。しかし殘念なことに日曜日が休みとのこと。
 新大阪についてから梅田に行く。しばらく妻の買い物につきあうが、楽器屋に行くつもりで途中でわかれた。嫁は「百貨店が開いているぎりぎりまで買い物する」と私に告げて雑踏に消えた。時計を見るともう5時になっていたので江坂に向かうことにした。ホテルを江坂にしていたので先にチェックインした。ホテルはきれいではないがフロントの女の子がかわいい。それから江坂の楽器屋に行った。そこはアコギの専門店である。中にはいると、オールドが並んでいて普通に50万〜100万くらいしている。仕方ないので早々に立ち去った。
 大阪の友人とは江坂の居酒屋で会うことにしていた。江坂は以前住んでいた街で、その居酒屋にはよく行っていた。一度そこで矢井田瞳を見たことがある。最初は誰だかわからなかったが、あまりかわいくは無いのになぜか目が行くので不思議に思っていた。それが矢井田瞳だった。そのときトイレに行く途中で脚がもつれて転倒し、彼女たちのテーブルに手をついてしまった。そのことが後で矢井田瞳のブログに「なつかしい友達と飲んでいたら、隣の客がテーブルに落ちてきてびっくりした」と書いてあって、ちょっとうれしかった。
 友人には6時にその居酒屋で飲むと伝えていた。時間ちょうどに入り、3人と店の人に伝えたら奥の座敷に通された。友人はゴルフが終わり次第来ると言っていた。6時半から7時くらいかなと考えていた。これが間違いだった。島原時間だったようだ。ビールと馬力を注文する。馬力とはニンニクの梅漬け。ビールを飲んだ後、熱燗ダブルとサバ刺し、春野菜の天ぷらを注文した。サバ刺しが旨い。ちびちび飲みながらひたすら待つ。熱燗ダブルの3本目が来たころようやくメールが来た。なんと到着予定が8:10。…。彼が来たときにはかなり酔っぱらっていた。それから20分位して妻から電話。「店の場所がわからない。今、ローソンにいる」と言って彼女は電話を切った。店の場所は大丈夫と言っていたのだが…。しかも江坂は以前ローソンの本社があったこともあって、駅の回りはローソンだらけ。どこのローソンかを確認しようと電話をしたが、出ない。しばらく走り回ったがわからない。すると電話がかかってきて「広芝町の信号が見える」とのこと。そういうローソンはたくさんある。ようやく見つけた。話を聞くと梅田の百貨店だけでは飽き足らず、心斎橋まで脚を伸ばしたそうだ。恐ろしい。それからしばらく飲んで、かつての定番通り、カラオケへ。その友人はカラオケが上手い。久しぶりに「ヘロン」と「追憶」を聞く。さすが。その友人は4月から上海に転勤するとのこと。えーなー、毎日中華が食べられて。
 翌朝、梅田に出て朝食を食べに行く。地下街を歩くと既に飲み屋が開いている。まだ9:00。そば屋が開いていたのでそばを食べる。嫁はソバ定食。たぬきとにぎり飯。大阪では揚げの入ったうどんがきつねで、揚げの入ったそばがたぬきとなる。なのできつねそば、たぬきうどんは基本存在しない。天かすのはいったこっちで言うたぬきはハイカラとなる。他に面白いのは肉と言えば東京では豚、大阪では牛なのだそう。なので大阪では肉まんは存在しない。豚まんとなる。肉うどんは当然牛肉。ビフカツも普通にある。それから大阪で豆腐を買うと練りがらし、あの納豆についてるようなもの、がついてくる。大阪では冷や奴は練りがらしで食べる。初めて見たときは驚いた。で、私はざるとろそば定食。ざるそばにとろろとご飯がついてきた。他におかずがない。とろろそばにするつもりだったのだが。仕方ないので、半分をそばに半分をご飯に掛けて食べた。かなり腹にたまった。
 妻は学会に行くために高槻へ向かった。私は以前住んでいたところに行くため緑地公園駅に行った。昔の通勤路を歩く。久しぶりだ。以前住んでいた寮の前を通り、江坂まで歩いた。江坂から地下鉄に乗り、心斎橋まで行く。楽器屋に行った。アコギのフロアに行く。フロアの手前が比較的安いギター、奥に高いギターが並んでいた。奥のマーチンの前に行くと店員が近づいてきて「これなんかいかがですか?今回のツアーでクラプトンが弾いていたのと同じモデルです」値段を見ると70万円オーバー。買えるわけがない。でもマーチンは1本ほしいと思っている。でも安いギターでも25万する。あきらめた。時計を見ると昼時だ。朝飯のせいで腹はそんなに空いていないが、なんか食べようとうろつく。心斎橋では何も良いアイデアが浮かばなかったので、梅田に行く。梅田でもよいアイデアが浮かばなかったので、江坂に行く。江坂に着いたころ妻から電話があり、梅田に迎えに行き、新大阪まで移動した。新大阪で海老おろしうどんを食べてからホームにあがる。帰りは熊本直通が取れなかったので、博多で乗り換え。ま、時間もあるので酒と柿の葉寿司を購入。大阪に住んでいたころ、東京出張があるとよく柿の葉寿司を買った。最初は柿の葉を剥いて食べるなんて知らなかったから、そのまま柿の葉にかぶりついていた。えらい固いなぁと思いながら2個ほど食べてから、説明書に気がついた。ちゃんと剥いて食べるように書いてあった。腹を壊さなくてよかった。
 熊本に着いて、フェリーがもう終わっているのでいつものホテルに宿をとる。ちょっと酔っているので、腹が減る。以前から気になっていた、お好み焼きに行く。お好みと焼きそばを注文したが、焼きそば売り切れ。仕方ないのでお好みだけ食べて、ラーメンを食べに行くことにした。ラーメンは熊本ラーメンを食べに行こうと歩いていたのだが、天草大王の塩ラーメンと言う店があったので入ることにした。旨かった。遠くに行くと食べるのが楽しい。そこでしか食べられないものがたくさんある。せっかく他所に行っているのに、めんどくさいからコンビニでおにぎり買って食べるとか、全国チェーンの居酒屋にいくとか信じられない。
 
2014/2/18(火)投資信託

 最近、銀行との距離が近くなってきた。うちが主に取引をしている銀行は地域内に規模の大きいA支店と規模の小さいB支店がある。以前、B支店に住宅ローンを借りに行ったとき、給料が低すぎるからと断られたことがある。一般的な額だったのだが、断られた。職業柄全く先が見えないわけではないと思うのだが、断られた。それからは会社としてはつきあうが、個人的なつきあいはしないと決めた。その銀行はA支店に当院担当の営業もいたのだが、来ることはほとんどなく1年に1度決算書を借りに来る程度だった。そういうことで会社としてのつきあいも少なかった。それから何代目かの営業担当はちょくちょく来るようになった。その彼は信頼できそうだったので借り換え等の相談を行った。その際に「おたくは以前住宅ローンを貸してくれなかった」と話したら、次に訪問してきたときに「支店長とも話をしたのですが、当時は申し訳ございませんした。借り換えしませんか?金利勉強します」と言ってきたが、即座に断った。それからしばらくしてA支店長と話をする機会が増え、その銀行主催のゴルフ会に入会することになった。そうするうちに銀行との距離が近くなってきた。私は、会社の雑用すべてを行っているので、銀行にも行く機会が多い。週に一度はB支店に行っている。すると先々週、そのB支店長(住宅ローンを貸してくれなかった人とは別の人)が「先日のゴルフはお疲れさまでした。ところで投資信託に興味はありませんか?」と聞いてきた。うちの担当の営業にも変わるたびに勧められる。ノルマがあるのだろう。しかし、私は先の理由でいつも断っていた。それよりもなによりも投資信託が嫌いだ。多少のリスクを負って多少のリターンを求める、と言うことができない。ギャンブルの類は一切だめ。20年以上前、友人の誘いでパチンコに行ったことがある。そのとき1000円負けただけなのに、「これでビールと焼鳥3本食べられたのに…」と2〜3日落ち込んだことがある。所用で知り合いと韓国に行ったときも、カジノに行ったのだが30分ほどで出てしまった。そういう人間に投資信託は無理である。銀行に金を預けるのに元本保証無し。しかも、信託なので自分で銘柄を選ぶわけではない。株のプロとは言え、他人が選んだ株で元本割れした日には目も当てられない。絶対にしないと決めていた。が、ここまで銀行との距離が近くなると無下に断るわけにも行かない。しかも話を聞くと月々の引き落としも可能とのこと。それならば仕方ないとその商品を買うことにした。担当の窓口のお姉さんの説明を聞く。いくつかのファンドグループがある。そのお姉さんにお勧めを聞くと「これとこれですかねぇ」と言う。なのでそれら2つの商品を月々5000円ずつ買うことにした。いくつもの用紙に名前と住所を書いて押印せねばならない。疲れる。最後に一種のアンケートを書かされた。そこには年収やら現在所有の金融資産を選択する欄があった。「年収はここら辺ですか?」と1000万円〜の箇所を指さす。そんなにもらっていない。確かに安くはないがそんなに高くはない。これはこちらであう人によく言われる。みんなそう思っているようだ。次に金融資産のところで「ここら辺ですか?」と3000万円〜5000万円のところを指さす。そんなにはない、いくらなんでも。住宅ローンはあるし、やたらと高い保険はあるし。頑張ってホークス預金にちょびっと預けているだけだ。でもそんな目で見られているんだなぁ…。

2014/2/12(水)算数

 今年初めての更新が2月。世の中いつの間にか冬季オリンピック一色になっている。フィギュアの町田選手。彼はひょっとしたら詩が好きなのではなかろうか。それも、中原中也とかランボーとか古い世代の詩人。彼のインタビューはなんだか詩人の香りがする気がする。私に詩的センスはないのだが。詩的センスと言えば、私の母が、愚弟2号の高校時分の担任から「彼には詩的センスが多分にあるのではないでしょうか」と言われたと言っていた。理由を尋ねると「雨が降ると、物憂げな感じで良く雨空を眺めているのです」と言っていたらしい。いわゆるアンニュイってやつか。その先生は見る目がないのだろう。おそらく「今日乗ったバスは珍しく日野製だったなぁ。後ろから三番目の窓の形がかっこよかったなぁ」なんてことを考えていたに違いない。そう言えば、これも同じ高校時代だが、寝言で「もういらん。もういらん。いらんって言いよろうが…」と言っていたのを聞いたことがある。母にそのことを言うと、夕食で出したもやしのごま和えのことではないか、と言っていた。相当いやだったらしい。かわいいやつ。
 先日ニュースに「9−3÷1/3+1の正答率4割(1/3は三分の一)」と出ていた。へぇ、と思った。自分でやると一応できた。よかった。これをうちの職員にやらせてみねばと思いある職員にやらせてみた。その職員は結構優秀で、利用者受けも良い。すると答えは3。答えは間違っていてもとりあえず答えの導きがあっていれば、と思いなぜそうなったかを聞いてみた。

@ 9−3で6。
A 1/3+1→1/3+1/1→2/4→1/2
B 6÷1/2で答えは3

四則演算の原則を無視しているし、分数の割り算の原則も無視しているし、分数の足し算では通分をせずに分母と分子をそれぞれ足している…。
計算方法を教えると思い出したようだが、でもちょっとなぁ…。